大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜家庭裁判所 昭和41年(少イ)3号 判決

被告人 三信興業有限会社

右代表者代表取締役 徐炳賚

熊本広平

主文

被告人等を各罰金一万円に処する。

被告人熊本が右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

〈1〉  被告人三信興業有限会社は横浜市中区若葉町一丁目一〇番地でトルコぶろ「トルコ喫茶タンポポ」(各室ごとに浴槽とむしぶろとを設置する個室一七室を持ち、マッサージもこの個室内で行うようになつている。)を、同区弁天通り六丁目八一番地でトルコぶろ「トルコホテルニューセンター」(浴室の個室数は六個であるほか、その設備は前記とほぼ同様)を経営しているもの、被告人熊本広平は総支配人として双方のトルコぶろの経営一切を担当し、いわゆるトルコ嬢の雇入、監督等に従事しているものであるが、トルコ嬢は深夜までその個室においてパンティとブラジャーなどの薄着姿で男客に個々につき、全裸の客の身体の洗い流しとマッサージとをし、その際客の多くからスペッシャルサービスと称する性的刺激行為を行うよう求められるとこれに応ずるであろう機会を持つものであるから、このようなトルコ嬢業務は児童の心身に有害な影響を与えるものであるにもかかわらず、法定の除外事由がないのに、児童をしてこれに就かせる目的をもつて、被告人熊本は右会社の業務に関し、

第一  昭和三九年六月二二日ごろ「トルコ喫茶タンポポ」において児童である○本ル○子こと○村○子(昭和二二年七月二日生)および○田○子(昭和二一年八月二二日生)を年齢を確認すべき注意義務を怠つたままトルコ嬢として雇い入れ、同年七月五日ごろまでの間、同所においてそれぞれ稼働させ

第二  昭和四〇年四月二日ごろ「トルコホテルニューセンター」において、児童である池○期○代(昭和二二年五月二八日生)を年齢を確認すべき注意義務を怠つたままトルコ嬢として雇い入れ、同年五月二七日までの間、同所において稼働させ

もつて各児童を自己の支配下に置いたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

〈3〉 被告人熊本の判示行為はいずれも児童福祉法第三四条第一項第九号第六〇条第二項第三項に該当するから、

所定刑中罰金刑を選択し、

以上は、刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により、各罰金額を合算した範囲内で被告人熊本を罰金一万円に処し、

右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金五〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、

被告人三信興業有限会社に対しては、児童福祉法第六〇条第四項第二項により、罰金を科することとし、

同被告人には昭和四一年一月七日確定の裁判により横浜家庭裁判所において、児童福祉法違反罪により罰金一万円に処せられたものがあり、これと本件の罪とは刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により、まだ裁判を経ていない本件の罪につきさらに処断すべく、

以上は、刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により、各罰金額を合算した範囲内で被告人会社を罰金一万円に処すべきものとする。

(弁護人の法律上の主張に対する判断)

〈4〉 弁護人は、「本件の雇用関係には使用者側に脅迫または許欺的な作為はなく、使用者と被用者との相互の自由意思にもとづいて雇用関係が結ばれたものであつて、使用者側に道徳的、倫理的に批難すべき欠点は少しもなかつたものであるから、法定の除外事由たる正当な雇用関係にあたるというべきであり、この正当性の判断については、労働基準法違反の深夜稼働であることをもつてこれを否定すべきものではなく、またその稼働に児童の心身に悪影響を与える行為をさせる目的があることを理由に正当性がないものとしてこれを否定すべきものでもない。このような行為でありこのような目的があつてもなお正当な雇用関係であれば処罰されないというのが法の建前であり、しかもその正当性は法律を離れて道徳的、倫理的に評価されるべきものである」と主張するので、案ずるに、児童福祉法第三四条第一項第九号には処罰の除外事由として、「児童が四親等内の児童である場合および児童に対する支配が正当な雇用関係に基くものであるか、または家庭裁判所、都道府県知事または児童相談所長の承認を得たものである場合」と定められているものであるところ、右除外事由のうち「四親等の親族関係による支配」の場合については、その一部面において問題となる行為目的があつたとしても全体として見るときはなお、児童の監護養育その他の面から児童の福祉のために適うであろうと一般に認められる身分関係にあるものであり、また他の除外事由たる「児童福祉機関等による承認」の場合については、個々の事例に照らして、これまた支配の一部に問題となる行為目的があるとしても、全体としての比較考量の結果はなお、児童の福祉のために適うであろうとされる場合でなければ、その承認が得られないであろうことは多言を要しないことであると思われる。従つてその余の除外事由である雇用関係についても、前記の場合と同様の意味において、児童の福祉を保障し、児童の心身の健全な育成の精神に副うものでなければここにいう正当な関係には該当しないものとしなければならない。本件のトルコ嬢業務は深夜におよぶものであること、判示のような薄着姿で男客に個々につくものであること、個室内で全裸の男客の身体に接して作業をするものであること等の雇用内容を見るときは児童の心身の健全な育成の精神に副わないものであることが明らかであるから、前記除外事由たる正当な雇用関係であるとはいえないものであつて、単に使用者側に脅迫または詐欺的作為のなかつたこと、従つてこの点から見て道徳的、倫理的批難に値いしないことをもつてその正当性を主張するのは、あたらないといわなければならない。

よつて主文のとおり判決する。

(判事 野本三千雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例